
東京、赤坂には「旧東宮御所」→赤坂離宮(現在の迎賓館)という宮殿がありますが、この宮殿は大正天皇(竣工当時、皇太子)の為に造られた建物なのですが、あまりにも贅沢な上、殿下と妃殿下の部屋間が100メートル以上離れた不便さが、新婚の二人が生活するにはあまりにも使い勝手が悪く、その後は邸宅としてほとんど使用されることなく、現在では外国からのVIPを招く「迎賓館」として使用されています。そんな宮殿の類似建築が京都にあります。それは「京都国立博物館」。
この建物の設計者は先に擧げた「旧東宮御所」の設計者でもある片山東熊。
明治22年5月、帝国博物館(東京、上野、下写真左)帝国奈良博物館(奈良市、奈良公園、下写真右)の設置が決定し同25年から着工されました。
ただ京都に関しては、建築決定から着工まで3年も要したのには理由があります。それは明治24年、着工と思った矢先に岐阜県、愛知県を襲った「濃尾地震」で、煉瓦造りの建物が数多く大破したのを受け、西洋式建築をそのまま移植しても、京都で同じ規模の地震が発生すれば間違いなく建物は倒壊し、収蔵品は粉々になるという結論になり、急遽図面が3階建てから平屋建に変更となりました。竣工年からして3年、計画からは6年の月日をかけこの建物はやっと完成しました。
先に触れた収蔵品というのは、当時全国の神社、寺院が自前の宝物を海外に売り飛ばすという行為が頻繁に行われていた事に国が危機を感じ、国主導でそれらの宝物をコレクションしようとする動きによって集められた物なのです。
それらのコレクションは宮内庁が管理するという事となったので、この三つの博物館は先の大戦前までは宮内庁管轄の建物でした、そのことから設計には宮内庁専属建築家の片山が起用されたという事が定説となっています。
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シンメトリーのフレンチルネッサンス様式のこの建物は、東京の帝国博物館と同様のド迫力と威厳を放つものとなっています。現在この建物は旧館とされ、特別展の会場として使用されています。この写真を撮影した時は「スターウォ−ズ」展が開催されていました。正面玄関に飾られた「スターウォーズ展」のパネルに建物との違和感を覚えましたが、開館当時から放っている建物本体の威厳と迫力は全く衰えません。この建物の向いには、全長120メートルを超す巨大寺院「三十三間堂」(下写真)があるのですが、この街(東山七条)の表情はこの二つの大建築がコントラストをつけているといってもいいでしょう。
京都国立博物館旧本館
竣工 明治28年(開館 明治30年) 所在地 京都市東山区大和大路七条上ル茶屋町 設計 片山東熊、足立鳩吉 施工 直営 構造 煉瓦造平家建 建築面積 3,015平方メートル ![]()
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