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  みなさまの大阪ガス  

 

  



昭和8年、拡張工事中の
御堂筋の中間点にあたる、平野町の西北角に斬新な建物が現われました。

「大阪ガスビルヂング」

その名の通り、大阪ガスの本社事務所が入るオフィスビルです。当時の雰囲気で言うと、「大阪瓦斯ヘッドクゥヲタァビルヂング」

本社事務所以外の場所を使って、同社の製品の展示し、広く一般に公開しました。最上階の8階には、大阪でも浸透しつつあった本格的西洋料理を中心としたレストランガスビル食堂がオープンしました。もちろんこのレストランで使われる厨房機器は大阪ガスの最新設備でした。

当時の大阪の洋食事情は、東京に比べてかなり遅れていて、関東大震災をきっかけに関西に住みはじめた、谷崎潤一郎は随筆の中で

「・・・京都にも大阪にも洋食(西洋料理)らしいものがほとんどなく、ほとんど人はその味を知らない、そのくせ洋食を食うのが好きだ」

と記しているように、当時の大阪の人達は、神戸で本格的な洋食を食べる機会があったが、地元大阪には本格的な洋食屋が一軒もありませんでした。そんな時分、北浜に洋食レストラン「レストランアラスカ」がオープンし、徐々に財界を中心に大阪での洋食文化が広がっていくようになり、その時期にこのガスビル食堂がオープンしました。


設計は、大阪倶楽部
 高麗橋野村ビルヂング等を手掛けた安井武雄(1884-1955)です。


建物本体は、当時世界中何処を見回しても無いといわれた斬新なデザイン。建物南東角のアールの付け方の巧さ、建物への装飾を排し2階部の黒い大理石と8階部の横に長いウインドーが建物の上下のアクセントとなり、全体的には各階を帯状に走る庇が建物を引き締めています。この黒い大理石には、大阪ガスの当時の役員達は、黒が色的に縁起が良くないという理由で反対したそうですが、安井は黒い部分の一部に白大理石を使うことで役員達を説得したそうです。企業の新築オフィスビルだけに役員達が何かにつけて縁起を担ぎ、意匠に対して注文を付けてくるのは、極自然なことのように思いますが、現在ではこの黒御影の下層部がこの建物のアイデンティティとなっていて、大阪ガスの今日迄の発展に幾らか寄与しているように思います、というと言い過ぎかもしれませんね。

現在ではこのような装飾を排したシンプルな建物が各地で見られますが、この建物はその手本のような作品だと思います。

建築様式カテゴリーではモダンデザイン後期表現と分類されています。

彼は、その時代の最高にモダンで機能的なビルを造るという目的に則って、建築資材は当時の最高レベルのものを用い、建物装飾や様式よりも徹底して使い勝手のよさにこだわり設計したといいます。

昭和41年にこのビルの北側が安井の弟子であり義理の息子である佐野正一の設計によって新館が増築されました。

彼は「増築されるならば旧館の風格を残すものにして欲しい」という周りの声に答えたものを完成させました。下写真がその新館です、どうでしょうか?  


第10回建築業協会賞受賞 (1969年)


ところで始めに挙げた「ガスビル食堂」ですが平成13年に内装をリニューアルして、現在も営業を続けています。

このリニューアルでは、開店当時昭和8年の面影を限り無く再現しているそうなので、昭和初期のハイカラな雰囲気が楽しめるでしょう。

看板メニューは「ムーサカ」(2000円税.サ別)というギリシャの家庭料理をアレンジしたものだそうで、牛肉に創業以来のデミグラスソースを和えマッシュポテトで飾り付けしたものだそうです。


完成当時のフロアガイド(全館冷暖房完備)


 地下1階  グリル(昭和11年より)、商工業用ガス器具展示実演場

     1階  家庭用ガス器具展示実演場

     2階  業務用ガス器具展示場、喫茶室、美容室

         講演場(4階まで吹き抜け)

     7階  ガス料理講習室(100名収容可)

     8階  ガスビル食堂 

     


大阪瓦斯ビル(旧館)

 

竣工 昭和8年(1933) 所在地 大阪市東区(現 中央区)平野町

設計 安井武雄建築事務所 施工 大林組 

構造 鉄筋鉄骨コンクリート造8階、地1階

DOCOMOMO 選定No 017

 


 

 


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