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中之島周辺の建物 2

 

       

 

 

 
券取引所

 




株式の立ち売りがなくなりコンピューターでの取り引きが本格化するとともに、この取引所は一旦役目を終了しました。現在この建物は
解体修復を終え、2004年12月にグランドオープンしました。

ファサードだけ保存とのことですが、これはこの建物が大阪市指定史跡に認定されている建物なので、一番の売りであるこの正面玄関だけ残しておけば事は済むだろうという考えにしか私には見えません、もちろんこの指定史跡を決定する大阪市にもこの建物を解体したからといって罰則を証券取引所に下すこともできないですから、法的には何の問題もない訳です。私から見れば、クールな建物だった旧市庁舎に難癖をつけてお金も無いのに規模だけ立派な新庁舎に建て替えてしまう大阪市には何も期待はしていませんが。

出来上がった新証券取引所を早速訪ねてみました。以前は開かずの扉だった正面玄関から中に入る事が可能になり、内部は休憩スペースになっていて、内部からステンドグラスが見る事が可能になりました。(下写真)



残された建物本体は。外壁に瀬戸内産の
花崗岩を使っていますが、その花崗岩は瀬戸内海から船で目の前にある中之島まで運搬し、搬出後は牛車で現場まで運んだそうで、工事途中に洪水があり石材が汚染されてそれを掃除するのがひと苦労だったというエピソードがあります。

デザインは装飾を限り無く剥ぎ取り端正な造りのモダンな仕上がりになっています。住友銀行京都支店でもそうですが、装飾をできるだけ排除しようとする「長谷部、竹腰建築事務所」の方針がはっきり出た作品となっています。正面の玄関部はローマの神殿のようなデザイン、特にこの正面玄関の部分は装飾がないので建物全体の迫力をうまく演出していると思います。

 大阪証券取引所(ファサード保存部)

竣工 昭和10年(1935) 所在地 大阪市東区(現 中央区)北浜1-8

設計 長谷部、竹腰建築事務所 施工 大林組

構造 鉄筋鉄骨コンクリート造、6階、地下2階

 


 

 

 

  


  
野村高麗橋ビルディング

 

 




この作品は大阪ガスビルを手掛けた
安井武雄の作品です、次にあげる大阪倶楽部も彼の作品なのですが、彼の大阪での3大名作(大阪ガスビル、大阪倶楽部、野村高麗橋ビル)が同じ中央区内、半径約1キロ以内のエリアにあるのは嬉しいことです。

建物本体は写真が白黒で分かりにくのですがモルタルの褐色の壁面と階を隔てる部分にはめ込まれた瓦のストリングスコース、5階までのエッジ部分に軽くアールをつけ6階を窓一つ分セットバックさせた上で直角にしているのが特徴の建物です。特にエッジのアールの付け具合の巧さは大阪ガスビルにも見ることが出来ます。

下の写真は、完成当初6階建てだった頃の様子をphotoshopで再現しました。私個人としてはこの6階建てよりこの章最後に載せた7階建ての現在の形の方が、上下の均整がとれていて好きです。みなさんはどちらの方が好きですが?

 

現在1階部分にはベーカリーレストランのサンマルクが運営するカフェが入っていて、内装も白壁を塗り直した形はとっていますが、随所に建築当時の雰囲気がわずかに残っています。

この建物の向いには古典様式銀行建築の最終解答といわれる昭和11年完成の旧三井銀行大阪支店(現三井住友銀行)の建物があるので、これを見ながらコーヒーを飲むのは至福の時です。(下写真右)


下写真は、
三井銀行大阪支店:現 三井住友銀行北浜支店

竣工 昭和11年(1936) 所在地 大阪市東区(現 中央区)高麗橋1-8

設計 曽禰、中條建築事務所 施工 竹中工務店 

構造 鉄筋鉄骨コンクリート2階、地下1階

 


 


野村高麗橋ビル

 

完成年 昭和2年(1927) 所在地 大阪市東区(現 中央区)高麗橋2-1

 設計 安井武雄/安井武雄建築事務所 施工 大林組

構造 鉄筋コンクリート6階(戦後7階部増築)地下1階

 


 




生駒ビルヂング




先の野村高麗橋ビルから南に下る事30秒。このビルがそびえ建ちます。

この建物をはじめてみる年輩の方には旧帝国ホテルと同じ人が設計したのじゃないかと思われがちですが、全くの別人です。

ただ外壁にスクラッチタイルを用いていることは共通します。そのことはライトの影響は否めず、東京に帝国ホテルが完成した事は日本の建築界に衝撃を与えたのは事実で、この建物だけでなく日本中のあらゆる建物にスクラッチタイルを使用するのが大流行しました。

建物の設計は水道記念館でも紹介した宗兵蔵です。

元々は生駒時計店として長らく営業していましたが、最近になって、各業態にテナント貸しを始め、一階部にはカフェレストランが入り、今迄とはまたちがった表情になりました。かつては大阪のホットスポットであったこのあたりも、昭和初期に心斎橋にその地位を奪われてしまいましたが、この頃ではこの堺筋が再びその地位に返り咲こうとしているように私には映ります。

写真にも写っていますが、一階部の庇にある鳥の石造りの鳥の装飾が印象的です。あと時計屋さんだけあって、時計だけは意匠スタイルをアールヌーボーに変更して建物とのコントラストを付けて目立つように設置しています。

ただしデザイン優先の時計なので正確な時間は把握しにくいです。


竣工
 昭和5年 所在地 大阪市東区(現 中央区)平野町2-30

 原案 大倉三郎 設計監修 宗兵蔵 実施設計 脇永一雄  

施工 大林組 構造 鉄筋コンクリート5階造 

建築面積 176平方メートル 総工費 15万円


 

 

 


   大阪倶楽部

 

 




この建物は、最も古い格式誇る大阪財界人達の
社交倶楽部として建設され、もともとこの敷地には日銀大阪支店がありました。現在でも同じ目的で使用されています。

この建物を設計した当時、設計者の安井武雄は独立しておらず、片岡建築事務所の所員でした。しかしこの当時から彼の清新特異なデザイン力は建築業界、財界の知るところにあり、大阪倶楽部のメンバーから抜擢を受け設計したそうです。

建物本体はスパニッシュ風の褐色の外観タイル張りの外壁とテラコッタ、内部には東洋風と思わせる柱と梁を繋ぐ持ち送り。内装は特に豪華に出来ていますが、内装の壁に使われているタイルは焼き損じのものの裏側を使用したもので、ここに建築家の工夫と予算との戦いが見えてきます。

当時の工事概要には

「南欧風ノ様式二東洋風ノ手法ヲ加味セルモノ」とあり、当時30代後半で建築家としては若手の安井武雄の自由な発想が発揮された作品だとされています。

安井のその自由な発想と高いデザイン力は大阪ガスビルで存分に発揮されていると思います。現在のように日本人建築家が海外にも作品を残す時代に仮に安井が活躍していたら諸外国にも彼の作品が残っていたと私は確信します。なにしろガスビルは完成当時、世界中何処を見てもない作品だといわれたぐらいですから。

現在この建物の南斜向いには映画「ブラックレイン」にも登場した大阪市中央区道頓堀のキリンプラザ大阪(1987)〜下写真〜

京都北山のシンタックス等を手掛けた現代の気鋭建築家、高松伸の淀屋橋今西ビル3(HILIS)があります。大正時代と昭和時代の非現実的な作品が一目で見れるのは嬉しい偶然です。

 


 
大阪倶楽部

竣工 大正13年(1924) 所在地 大阪市東区(現 中央区)今橋4-4-11

設計 安井武雄 施工 大林組

建築面積 795平方メートル 構造 鉄筋コンクリート造4階

 


 

  
  
淀屋橋今西ビル3(HILIS)

竣工 昭和63年(1988) 所在地 大阪市中央区今橋5-16-1

設計 高松伸/高松伸建築事務所 施工 竹中工務店

構造 鉄筋コンクリート7階、地階

 

  

 

 


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