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国鉄京都駅(二代目)

 


 

 



まずは、大正4年完成の
2代目の京都駅です。

完成当時日本最大級の駅舎でしたが、残念ながら昭和25年に焼失してしまいました。

皇室専用の入り口や休憩所があるこの2代目駅舎は、大正4年11月10日に京都御所で執り行われた、大正天皇の御大典にあわせて作られました。

設計は当時鉄道院に籍を置いた渡辺節(1884-1967)です。

当時の駅舎のデザインの主流であった左右対称ではなく、非対称デザインになっているところは、様式よりも利用客の導線に基づいた機能性を重視した意匠であると思われます。

しかし施工期間の時間的余裕がなく、3階建ての予定も2階に変更されました。

御大典が終了した後も30年以上京都の顔として市民に愛されましたが、焼失してしまったのは大変残念です。ちなみに2代目焼失後、再建された3代目の京都駅は、大阪ガスビルのページでも紹介した佐野正一の設計です。この3代目は取り立てて特徴のあるものではなく、後に駅周辺に出来た建物の方が存在感を示すようになり、4代目に代わる間際には、駅舎本体が霞んでいたのが印象でした。

この2代目が現存していれば、東の東京駅、西の京都駅、ニ大クラシック駅舎となっていたでしょう。私個人の趣味での現在の西日本のクラシック名駅舎はJR九州、鹿児島本線の門司港駅(福岡県)です。

 

 


 

 



JR京都駅




 



次に現在の4代目の京都駅ですが、これは1994年の
京都遷都1200年の記念関連行事のひとつとして7人の建築家による国際指名コンペによって設計者が決定しました。

参加建築家は

  • 池原義郎
  • バーナード・チュミ(スイス)
  • 黒川紀章
  • ジェームス・スターリング(英 )
  • 原廣司
  • ペーター・ブスマン(独)
  • 安藤忠雄

    以上の7名です。

見事そのコンペを勝ち取ったのは原廣司&アトリエファイ建築研究所です。

彼のこれまでの代表作には以下のものがあります。

  • ヤマトインターナショナル社屋1986年東京都大田区平和島
  • 内子町立大瀬中学校     1992年愛知県喜多郡内子町大瀬
  • 新梅田シティ、梅田スカイビル1993年大阪市北区大淀中 (下写真) 第36回建築業協会賞受賞(1995年)


  


当選した作品はこのコンペに出品された中で一番低い建物(60メートル)だそうです。

街の景観に対して他の都市に比べて保守的な意見が多数を占める京都だけに、この新駅舎の建物の高さというのにはコンペが始まる前から様々な意見があり、そこで一貫して討議されたのはそれまで京都市内で守られていた高さ制限を破ってしまう切っ掛けになってしまうのではという内容のものでした。

しかし、そういう保守的な見解を無視するかのようにコンペ出品作品中には中央部に120mの門を建てる案(黒川紀章案)や同じく駅舎西側に120mの塔状のホテルを設置する案(J・スターリング案)がありました。

これらの案は結果的には落選しましたが、決して「高さ」のみで落とされたではない(黒川案は門の構成の量感と建物全体の色が黒炭色で全体的に威圧感がある印象の為)ところにこの改築計画の革新性を感じます。

(実際、コンペの決戦投票はJ・スターリング案と原広司案でした)

完成当初、私も見に出掛けましたが、とにかく駅舎の大きさに圧倒されました。

それと作者自身ジオグラフィカル(地理学)コンコースと位置付ける中央コンコースから10階相当の高さまで一気に上がる大階段は特に圧巻でした。

写真左、コンコース西側 写真右、コンコース東側


 


中央改札を入ってすぐのホームは、北陸方面に向かう特急電車が主に入線する0番線ホームなのですが、手塚治虫のマンガの舞台のような近未来的なデザインのホームになっています。しかし、個人的な主観で意見させてもらうと、そのホームに入線してくる特急電車車両はJR西日本特有の旧国鉄時代の車両をセンスの悪い色で塗りたくった車両が多いので、列車がこのホームに完全に食われてしまっているのが現状です。(新形車両の681系「サンダーバード」と281系「はるか」はセーフかもしれません) せめて関西空港に乗り入れている南海特急「ラピート」JRなら500系「のぞみ」かJR九州を走る787系「つばめ」のような個性的で未来的デザインの車両なら、うまく釣り合うような気がします。この問題は将来の車両デザイナーが解決してくれるでしょう。

下写真左は0番線ホームに入線するEF81&24系客車編成の札幌行き寝台特急「Twilight Express」

右写真は0番線ホーム奥にある31番線ホーム。このホームはこの駅舎完成時に出来たものなので、意匠が施されています。黄色の庇と大理石調の柱が印象的です。


 


しかし残念なのは、この0番線ホームより南にある在来線のホームには(上左写真の左側ホーム)、ほとんど手を加えられていないため、駅全体のシルエットは、駅舎が個性的なだけに大変バランスの悪いものとなっています。

なかなか列車を運行したままのホームの改装は厄介なこともあるというので、在来線のホームの全面改装は見送られたのでしょうが、段階的にでもこの新しい駅舎にあったものに改装してもらいたいものです。

この新しい4代目の駅舎に関しては、未だに賛否両論様々でありますが、私は大変好きな建物です。

もともと京都という土地は古いものだけを大事にし、大変保守的だと思われるところがありますが、一方では新しいものを柔軟に取り入れるという気風が伝統的にあります。

例えば

  • 明治の初期に琵琶湖から西洋技術で疎水を引いたり、
  • その疎水をインクラインとして琵琶湖からの交通路として使用。
  • 疎水電力を使って日本で始めての市電を走らせたり、
  • ヴェンチャー企業の走りといわれる会社が多数あり (任天堂、京セラ、ワコール、オムロン、島津製作所など)それらの企業が京都経済の発展に寄与した。
  • 番外として京都駅の前になんとも言えないデザインの京都タワーを立て、 それをランドマークにしたり


そういう京都人の気風にはこの駅舎は見合うものだと思うので、の現在のランドマーク、20世紀末エポックマークな建物として歴史を刻んで欲しいと思います。


ちなみに、建設前に行われたコンペの基本コンセプト「文化の香りと躍動する町のメディアとしての駅」です。

 


竣工 
1997年(平成9年) 工事期間 1994年7月〜1997年7月

所在地 京都市下京区烏丸通塩小路下ル東塩小路町

施主 JR西日本旅客鉄道株式会社、JR京都駅ビル開発株式会社

設計 原廣司+アトリエファイ建築研究所 構造設計 木村俊彦構造設計事務所 

設備設計 明野設備研究所、建築設備設計研究所 

施工 京都駅ビル建設工事JV

大林組、鉄建建設、大鉄工業、フルーアダニエルジャパン、公成建設共同企業体)

構造 鉄骨造+鉄骨鉄筋コンクリート造/地下3階、地上16階

敷地面積 38,000平方メートル 建築面積 32,400平方メートル 延床面積 238,000平方メートル

第40回建築業協会賞受賞 (1999年)

 

 


 

 

 


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